2018年08月19日

地名・人名 難しい

地名・人名は本当に難しいですね。
パソコンや携帯が普及してから、
そもそも字を書く機会が減りました。
よって、いざ字を書く時に漢字を忘れた、
というのはあるあるですね。
書けはするけど読めない。
それが地名であり人名かと思います。
ポスティングをしていて、
いまだに読めない表札が出てきます。
覚えているものは後でググってみて、
読み方を知ってへ――――っとなります。

大村市の地名、読み方の問題です。
・ 宮小路
・ 小路口町
・ 小路口本町
・ 徳泉川内町
・ 日泊町
・ 水主町
・ 雄ヶ原町
・ 溝陸町
・ 寿古町
何と読むでしょうか?

答えは、
・ 宮小路 ⇒ みやしょうじ
・ 小路口町 ⇒ おろぐちまち
・ 小路口本町 ⇒ おろぐちほんまち
・ 徳泉川内町 ⇒ とくせんがわちまち
・ 日泊町 ⇒ ひどまるまち
・ 水主町 ⇒ かこまち
・ 雄ヶ原町 ⇒ ますがはらまち
・ 溝陸町 ⇒ みぞろくまち
・ 寿古町 ⇒ すこまち

全部読めましたでしょうか?

大村の方にすれば普通に読んでらっしゃるのでしょうけど、
慣れない者には非常に混乱してしまいました。
最初勘で読んでいて間違っていた地名を挙げてみました。
大村に限らず、地元の人でなければ読めないという地名は、
全国各地にあるのではないでしょうか。
現場で仕事として当たる際には正直困るところもありますが、
落ち着いて調べてみると面白いものですね。

ところで、
上記の宮小路・小路口町・小路口本町は竹松地区にある地名です。
ところが、大村地区の大村小学校区には、
地名ではないのですが、所々に「小路」と名の付く立札がありました。
調べてみると、
『当時の藩主大村善前が、慶長4年(1599年)玖島城を築いて、
元の三城の城下町を移し、各地に住んでいた家臣玖島城下に住まわせ、
城下町を形成しました。
最初にできた五つの武家屋敷のある本小路(ほんこうじ)・
外浦小路(ほかうらこうじ)・小姓小路(こしょうこうじ)・
上小路(うわこうじ)・草場小路(くさばこうじ)が五小路と呼ばれました。』
(出典:大村市ホームページ)
とありました。
それぞれの小路が武家屋敷通りとして、
今も史跡として残っているようです。
回っていて確かに城下町の風情を感じました。

話を戻すと、
ここに出てくる小路は「こうじ」と読むのです。
これが絡んで宮小路・小路口町が読めなくなったのですね。
今はちゃんと全ての町を読むことができますよ。

仕事ではなく一度ゆっくりと、
城下町の史跡を巡ってみたいものです。


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Posted by spsnagasaki at 18:13│Comments(0)
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