2018年08月03日

自由研究

 

 

 

子供の夏休みの自由研究のため、島原半島へ行ってきました。
朝のうちに大村へ走って仕事を片付けてからの強行軍です。
19時ぐらいに帰宅した時にはみんなヘロヘロになっていました(^^;

昨年も島原半島でした。
昨年はがまだすドームなどへ行き、「島原大変肥後迷惑」を勉強しました。
「島原大変肥後迷惑」とは、200年ほど前の江戸時代に、
雲仙普賢岳が噴火し、眉山という山が山体崩壊をした自然災害のことです。
崩壊した山が有明海に流れ込み、対岸の熊本(肥後)へ大津波を起こしました。
この災害による犠牲者は15000人と言われ、
国内における火山災害として最大のものとされています。

今回学びに行ったのは断層と地層です。
一枚目の写真は千々石断層を撮影したものです。
島原半島はプレートの動きにより南側に少しずつ移動しています。
ところが北側よりも南側の動きが速いため、
半島が途中から引き裂かれるような形になります。
その引き裂かれている箇所の一つが千々石断層なのです。
本来であれば半島は真ん中から引き裂かれ、間が海に沈むことになります。
しかし、定期的に雲仙の火山から溶岩や土砂が供給されるため、
逆に半島の真ん中が盛り上がるような形になっているそうです。

二枚目の写真は女島(めじま)です。
こちらは150万年前の出来事で、海底火山が噴火して出来上がった島だそうです。
島と言っても今は地続きとなっており、すぐ横は海水浴場になっています。
反対側から見ると地層になっていました。

三枚目の写真は早崎海岸と呼ばれるところです。
地層になっていますが、島原半島の始まりの地層なのです。
島原半島はハワイと同じように火山によってできています。
一番下の黄色い層、
海底火山が活動を始め、大爆発によってできた火山灰が粉々に砕かれた層。
二番目の赤い層、
成長した火山のマグマのしぶきが吹きあがり、大きなマグマの塊として火口周辺に降り積もった層。
三番目の黒い層、
その後噴火が落ち着いてマグマがゆっくりと流れていった層。
430万年前の出来事です。

前にご紹介した原城跡の下には、
阿蘇カルデラが大爆発した際に流れ着いた火砕流の層を見ることができます。
国見町にも阿蘇の火砕流堆積物を見ることができます。
千々石断層と同じく、島原半島が引き裂かれている地層が他にもあります。
島原に行けば、島原大変で崩壊した眉山の崩れた姿も見ることができます。
平成3年の雲仙普賢岳噴火の爪痕は、今も生々しく残っています。
自然のことだけでもたくさんの見どころがあります。
原城跡は今回世界遺産にその施設の一つとして登録されました。
天草四郎と島原の乱の歴史もあります。
島原城下の武家屋敷跡の周りの水路には、錦鯉が泳いでいます。
島原温泉、雲仙温泉、小浜温泉など、火山半島ならではの絶品の温泉がたくさんあります。
私は雲仙・島原の回し者でも何でもありませんが、
本当に、島原半島は魅力がたくさんの場所ですね^^

これで、子供の自由研究もバッチリでしょう!


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Posted by spsnagasaki at 20:38│Comments(0)
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