2018年12月19日

大門貝塚遺跡

 

本遺跡は、橘湾の北西部に位置し、標高7mほどの砂礫丘に遺跡は立地している。
1963年頃に、遺跡の西側で石棺墓が出土し、人骨が残っていたという。
その後、諫早富士郎氏を中心とした国見高等学校社研部が調査を行った際にも、
石棺墓から人骨が出土している。
1987年に、遺跡東側で石棺墓が出土している。
1991年には、県教育委員会の範囲確認調査が実施された。
現在まで判明している遺構は箱式石棺墓だけである。
調査では、土器・石器・装身具・骨角器・貝殻・獣骨などが出土した。
土器には、縄文時代後期の鐘崎式土器、弥生時代中期・後期の土器、
古墳時代の土師器・須恵器がある。
石器には、石鏃・剥片・礫器などが出土している。
骨角器では、シカやイノシシの角や牙を利用した刺突具が多い。
また、刀子の柄も出土している。本遺跡では、縄文時代からの生活に続いて、
後背湿地を利用した水田が営まれることによって、
弥生時代から古墳時代にも引き続いて生活が営まれていったことが推測される。
【出典:長崎県HP・長崎県の遺跡大辞典】

大門貝塚遺跡は諌早市飯盛町里にあります。
同じ名前の遺跡が広島県にもあるようですが、これは長崎です。

飯盛町池下との境あたりで大門と呼ばれる地域です。
海水浴に訪れる結の浜のすぐ近くです。
この地域には大門という性の方もたくさんいらっしゃいます。
何度かポスティングで来ているのですが、
案内板のみで実際の遺構がどこにあるのかよくわかりません。
さすがに仕事中はじっくり探す余裕はありませんね。

案内板をしっかり読んだのは今回初めてでした。
貝塚という名前から、ただ貝殻の塚があるのかなと思っていました。
実は縄文時代から古墳時代までの人々の生活の営みだったんですね。
普段から歴史や遺跡に関心を持っているわけではありませんが、
内容がわかると俄然興味がわいてきますね。
一度ゆっくりと遺跡を見に子供たちと来てみたいです。

ポスティングでは町の隅々まで回ります。
遺跡なんかがあるとつい足を止めてしまいます。
束の間の休憩ですね。
色んな町の知らない世界に出会うのは本当に楽しいものです。
これまでも時々紹介してきましたが、
また少しずつ紹介できればと思います。



【誠実をモットーに安心のポスティングを】

健全なポスティングでクライアント様の発展・成長に貢献します。
地域に密着し、濃密度・丁寧・確実なポスティングをご提供。
結果を出せるポスティングプランをご案内いたします。
諫早市・大村市のポスティングならお任せください。

S.P.S長崎販売促進サービス


posting@spsnagasaki.com
  


Posted by spsnagasaki at 17:17Comments(0)